大阪のロータリー100年のあゆみ
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1982年266(現在の2660地区)誕生青少年交換OB会(REX)誕生。RA献血活動開始。在日米山奨学生1990年地区初の女性会員誕生1992年財団学友中田厚仁君カンボジアで死亡全国各地区からの寄金は1億900万円に達し、会場中央のCTM(リニア周遊モノレール)街の駅に面した街の駅広場(通称ロータリー広場)にシマサルスベリの並木を寄贈した他、RI特別補助金も活用して低開発7か国からの園芸技師の旅費滞在費を補助し、目の不自由な人向けの展示パンフレット5千部を寄贈した。また、会場で迷惑駐車追放キャンペーンイベントを開催する等ロータリーは博覧会の成功に大いに貢献した。バブル景気の末期であり、経済もロータリーもまだ右肩上がりの時代の最後の大イベントであった。<青少年奉仕活動の推進>青少年活動も活発に行われた。ローターアクトは全国に先駆けて献血活動に取り組み、以後毎年恒例の行事となっている。また、青少年交換プログラムを体験したOB、OGがこれから海外に出る日本人交換学生、来日している海外からの交換生をサポートするための新たな組織REXが誕生した。更には、在阪米山奨学生OBによる同窓会が発足し、ロータリーに恩返しするための新たな役割を担う事となった。<財団学友中田厚仁君カンボジアで死亡>悲しいニュースもあった。1989年度のロータリー財団奨学生として米国に留学した財団学友で、大阪大学を卒業後国連ボランティアに採用された中田厚仁君が1993年4月3日カンボジアで選挙監視任務中に凶弾に倒れ殉職した。25年の短い生涯を一途に駆け抜けた若者の死は多くのメディアにも取り上げられた。父親の中田武仁氏は厚仁君の遺志を継ぎ国連ボランティアを支援するための「中田厚仁記念基金」を設立し、当地区内だけはなく全国のロータリアンから多くの善意の寄付金が寄せられた。1984年~1991年障がい児白浜招待旅行実施1983年同窓会発足

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